糸数アブチラガマには、まず近くにある南部管区総合案内センターで入場チケットを購入した跡、懐中電灯を借りて入ります。 アブチラガマの入り口は非常に狭く、内部は真っ暗闇。空気も薄いような圧迫感を感じます。当時はここを病院壕として使い、陸軍病院から約600人もの患者が運ばれてきていました。真っ暗闇で足場も不安定な場所に何ヶ月も1000人以上の傷病兵や民間人が息を潜めていた事を考えると、訪れた誰もが戦争の恐ろしさを感じずにはいられないでしょう。
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沖縄では自然洞窟を「ガマ」と呼び、本島南部を中心に約2000ヶ所存在しています。《南城市》の旧玉城村糸数地区にはアブチラガマという自然洞窟があり、他の本島南部の地下壕と同じように一般人が避難したり、南風原陸軍病院の分室として使われました。現在は平和学習の場として修学旅行生を中心に年間15万人が訪れています。全長270mの壕内はほぼ全域が公開されていますが、非常用以外の照明が無く、沖縄戦当時の体験として「漆黒の闇」を体験する事ができます。
昭和20年5月、戦況も過酷さを極め、最後にはこのガマから病院も重症患者を置き去りにして撤退を余儀なくされます。その後米軍の火炎放射攻撃を受けて洞窟内はまさに地獄絵図が展開されました。現在でも洞窟内には火炎放射の跡が残っていたり、非難者の生活物資が残っていたりして、生々しく当時の事を感じられる空間になっています。このガマで亡くなられた方々の遺骨は戦後、糸数住民と関係者等の手によって「国立沖縄戦後没者墓苑」に合祀されています。
糸数アブチラガマには、まず近くにある南部管区総合案内センターで入場チケットを購入した跡、懐中電灯を借りて入ります。 アブチラガマの入り口は非常に狭く、内部は真っ暗闇。空気も薄いような圧迫感を感じます。当時はここを病院壕として使い、陸軍病院から約600人もの患者が運ばれてきていました。真っ暗闇で足場も不安定な場所に何ヶ月も1000人以上の傷病兵や民間人が息を潜めていた事を考えると、訪れた誰もが戦争の恐ろしさを感じずにはいられないでしょう。


その一
修学旅行で高校生が平和学習のために糸数壕に訪れ、記念写真を撮影すると、そこには無数に人魂のようなオーブが映りこんでいたという。壕内は写真撮影を禁止されている場所も多いので、そのような場所で写真を写すとそこにいないはずの誰かが映りこんでしまうのかも・・・。
その二
走り回る子供と軍医の幽霊を見た生徒も。幽霊達は「ただそこで生活しているだけ」のような雰囲気で、おそらく自分達が死んでいる事にまだ気づいていないだけなのかもしれません・・・。また、壕内を歩いていると声が聞こえたり、背中に誰かが乗ってくる感覚があるとの話も。
その三
平和学習で訪れた男子生徒がふざけて遺品を持ち帰りました。すると翌日から原因不明の高熱を出し、何日たっても治らないため持ち出した遺品をガマに返す事に。すると熱は下がって男子生徒は元気になったそうです。
イタズラでも、けっして遺品を持ち出してはいけません。
沖縄戦では沖縄の民間人のうち4人に1人が亡くなっており、地上戦の傷跡が生々しく残るこのアブチラガマは、日本史上最悪の戦争が起こした悲劇の現場です。現在は私達に二度と起こしてはならない戦争のおろかさを教えてくれる貴重な場所の一つ。ですから、間違っても肝試しなどという不埒な動機で足を踏み入れないようお願いします。
